
取材・文/渡辺和(音楽ジャーナリスト)
オーストリア中部のリンツで生まれたアントン・ブルックナーは、故郷で教会オルガン奏者を務めるかたわら作曲を開始。後半生はウィーンに出て、19世紀オーストリアを代表する総計11曲の交響曲を遺した。これまでも歴代マエストロが九響と様々な名演を響かせてきたスコアに初めて挑む若き首席指揮者は、重厚長大なイメージとはちょっと異なる、1時間にも満たない(ブルックナーとしては)コンパクトな交響曲第 6 番を取り上げる。新世代のブルックナーサウンド、どんな響きになるや?
[公演情報]
第442回定期演奏会「むかしむかし」
2026年9月3日(木) 開演:午後7時 アクロス福岡シンフォニーホール
[出演]
太田弦(指揮)
大田智美(アコーディオン)
林桜心(語り)
[演奏曲目]
武満徹/『系図』 ー若い人たちのための音楽詩ー
ブルックナー/交響曲 第6番

太田弦 ©️勝村祐紀
―九響と初めてのブルックナーですね。やはりブルックナーといえば、まずは人気がある4番や耳馴染みのある7番とかをファンは期待してしまうのですが。
太田:僕がすごく好きな曲だ、ということです。僕、ベートーヴェンのシンフォニーなら割と2番とか8番とか好きなんですよ。ブルックナーの6番もちょっと似たようなポジションですよね。初の超大作である5番のあと、すごい境地に行く7番の間ですからベートーヴェンだと交響曲第4番が近いのかな。確かに九響とブルックナーは初めてですけど、別に何番をやっても、もう問題はない。
―九響だから、ということはありますか。
太田:とても安心しています。日本のオーケストラはすごく真面目にかっちりしていると思うんですよね。小泉和裕先生が指揮されていたからなのか、もうちょっとちゃんとしてなくてもいいよ、って思う瞬間もあるくらいちゃんとしているんです。
―ブルックナーの6番は、他の交響曲と同じく楽章は4つで曲の作りも同じなのに、どうして短いのでしょうか?
太田:拡大傾向にあったものを、一回、意図的に縮小したんじゃないかなという気がします。ベートーヴェンの第九の前の8番とか、3番「英雄」の後の4番みたいな、そういうポジションかなと。ブルックナー自身は、大胆なスタイルでちょっと今までの傾向と違うものを書いてみた、みたいなこと言っていますけど。
―私たちには、ブルックナーはいつも同じに聴こえてしまいます……
太田:そう、確かに本質的には変わらないんです(笑)。でも、いつもだったらもっと書くようなところが、切り詰められている。
―「切り詰められている」感がありますか?
太田:あります。むしろベートーヴェンに似ていると思うんですけど。ブルックナーって、基本的に書いていることはベートーヴェンじゃないですか。だから、そういうこともあるかなと思うんです。それにブルックナー自身の初期の交響曲に似ている部分もあると思うんですよね。この前、仙台フィルで0番を指揮しましたけど、あの曲はコーダなどが短い。「あ、もう終わっちゃったの」みたいな。4番とか8番とかは、大きくて長いコーダがついているんですよ。5番でひとつスタイルが到達した後に、今回はちょっと先祖返りした。
―好き嫌いでいうと、ブルックナーは?
太田:めちゃ好きです。
―ブルックナーとマーラーとどっちが好きですか、と訊かれると?
太田:その感覚は分かりますね。中学生くらいの頃は圧倒的にマーラーでしたけど、今はブルックナーですね。
ブルックナーでいちばんクリアーなのは、やはり楽節構造です。自分でスコアに数字を振ってまで考えている。マーラーだとその辺を、わざとくっつけたり、重ねたりする。特に2026年2月に九響と演奏した交響曲第9番だと、いちばん最初に作ったものをわざとランダムに入れ替えたりしているような。ブルックナーには、それがありません。もう全部「はい、ここまで来たら第1主題おしまいです。はい、ゆっくり間を空けて、第2主題が始まります」って、はっきり閉めちゃう。曖昧への思考はないですね。
―でも、私たち聴衆には、ブルックナーは長くて大きくて、聴いていると途中で何をしているかわからなくなる……
太田:いえ、ブルックナーはすごく明快だと思います。とても分析しやすい。独特な鳴りで、やっぱりいい曲ですし。
マーラーって、指揮者としては常にいろいろ考えながら振らなきゃいけないんです。滅茶苦茶なところも多く、昔はそれが好きだったんですけど、いざ自分で指揮するとなると結構疲れる感じ(笑)。自分はそういうタイプじゃなく割とシンプルにやっていきたいと思うので、僕からすると、ブルックナーの方が肌に合ってるのかなと。
―ひと昔前は影響力のある評論家さんなどが「ブルックナーは精神的である」とか説いたりしていました。太田マエストロの世代だと、ブルックナーは特別ですか?
太田:確かに、ちょっとスペシャル寄りかもしれませんね。ただ「好きだから」とはいえ、特に神格化し、とっておきの時しかやらないと思っているわけではありません。できれば全曲やりたいですし、もっと気楽にやりたいですね。
―“スペシャル”というのは?
太田:ブルックナーはあまり聴衆の方を向いて作曲してないのが、すごいと思うんですよ。人にどう見られるかとか考えてない人だった。売り込みはしても、自分の交響曲を書くにあたっては媚びていない。「自分がこうだと思うからこう書く」みたいなところが多い。後期になると、お客さんとのバランスも取れるようになってきたのかな、と思います。だから7、8、9番あたりの作品が人気あるのでしょうし。
それと、構成へのこだわりですね。ブルックナーは自筆譜の下に数字を書いていて(楽譜を出す)、こういうフレーズが8小節だったら、自筆譜の下にこう書いていて、楽譜は綺麗で見やすいんです。初期の作品にはこれをがなく、5小節フレーズとか出てくるんですけど、3番くらいからだったか、「絶対に偶数にするぞ」って。
―何のために?
太田:音楽形式論としては、奇数ってイレギュラーじゃないですか。偶数の方がいい数字という、楽式論的な正しさみたいなものを目指していたんだと思いますね。「作曲の先生としては全部偶数にしたかった」という話はきいたことがある。3などの数の他は、キリスト教的にはあまり良くないんでしょうかね。
―作曲も指揮も勉強してきた太田さんの目からすると、技術的にひとつの作品としてスコアに提示されているものもの以外の要素を、ブルックナーに感じますか?
太田:あまり無いんじゃないかなぁ。純粋に音楽的で、しかも、ちょっと異常じゃないですか。他の誰に似ているでもない。「ああ、ブルックナーだなぁ」って感じ。(楽譜上に)セクションがあったら、ちゃんとはっきり役割があるんですよ。
―ブルックナーの交響曲は全部きちんと無駄なところなく書けている。
太田:そう思いますよ。 後で、お客さんに受けの悪いところを外した改定とかもありますけど、「これはこのためにあるんだな」というのはすごくはっきりしている。こんなにはっきりしている人いないです。
ただ、オーケストレーションは変わっている。普通のオーケストラの感覚じゃないですよ。オルガンのストップのように音色が違えば聞こえる、と思っている気がします。実際のオケではそれは聞こえません、ということが、結構、書いてある。よくあるのが、ファゴット2人だけ全然違うことが書いてあるけど、相当音量を落とさないとその違いは出ない。
多分、ブルックナーの脳内でははっきり鳴っているのでしょう。足鍵盤とか、どうやってもくっきり聞こえてくるみたいな音があるのかなと。たまに現実的じゃないオーケストレーションがあるような気がしますね。
―ブルックナーの6番を指揮するときに、この部分は注目してほしい、というところがありましたら。
太田:僕は2楽章がいちばん好きです。ブルックナーって、割と初期の方からすごいアダージョを書いていますが、その中でもこの6番はすごいところに行っていると感じます。8番とか9番だったら25分とかかかるようなものが、10分台ぐらいで収まっていて、よくできている。とても綺麗なので、是非、聴いていただけたら。
それから、僕が初めて聞いた時、第1楽章の第1主題はいいなぁ、と思いました。最後に出てきて、わぁっと鳴るんだから、あれは印象に残りますね。
第442回定期演奏会「むかしむかし」
2026年9月3日(木) 開演:午後7時
アクロス福岡シンフォニーホール
https://www.kyukyo.or.jp/cms/16236
[出演]
太田弦(指揮)
大田智美(アコーディオン)
林桜心(語り)
[演奏曲目]
武満徹/『系図』 ー若い人たちのための音楽詩ー
ブルックナー/交響曲 第6番
[九響オンラインチケット]
https://kyukyo-onlineticket.jp/performance-list.php?on=1
[太田弦プロフィール]
1994年北海道札幌市出身。幼少の頃より、チェロ、ピアノを学ぶ。
東京藝術大学音楽学部指揮科を首席で卒業。学内にて安宅賞、同声会賞、若杉弘メモリアル基金賞を受賞。同大学院音楽研究科指揮専攻修士課程を修了。
2015年、第17回東京国際音楽コンクール〈指揮〉で2位ならびに聴衆賞を受賞。第30回渡邉曉雄音楽基金音楽賞受賞。2025年、第 23 回 齋藤秀雄メモリアル基金賞を歴代最年少で受賞。
指揮を尾高忠明、高関健の両氏、作曲を二橋潤一の各氏に師事。山田和樹、パーヴォ・ヤルヴィらのレッスンを受講する。これまでにNHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団、群馬交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団などを指揮、今後さらなる活躍が期待される若手指揮者筆頭。2019年4月から2022年3月まで大阪交響楽団正指揮者を務めた。2023年4月より仙台フィルハーモニー管弦楽団指揮者、2024年4月より九州交響楽団首席指揮者。2026年4月より福岡国際音楽大学客員教授に就任。
2026年7月には、24年7月に続いて九州交響楽団と2枚目のライヴ録音CD「マーラー:交響曲第9番ニ長調」をオクタヴィア・レコードより発売、好評を博している。