
取材・文/渡辺和(音楽ジャーナリスト)
九州交響楽団首席指揮者に就任以降、マエストロ太田弦はいくつもの「現代音楽」を披露してくれている。昨年夏のフェスタサマーミューザKAWASAKIで首都圏ファンを熱狂させた小出稚子『博多ラプソディ』や、巨大な太鼓の轟きが秋のアクロス福岡を揺るがせた石井眞木の「日本太鼓とオーケストラのための『モノプリズム』」を筆頭に、『スター・ウォーズ』組曲や『アナと雪の女王』メドレーまで様々な21世紀のオーケストラ・サウンドを響かせてきた。
5年契約の真ん中となる9月定期では、満を持しての九響初披露となるブルックナーと並べ、20世紀世界を代表する作曲家・武満徹最晩年の最も愛される傑作を披露してくれる若きマエストロ、九響との真剣勝負が並ぶ秋を前に大いに語る。
[公演情報]
第442回定期演奏会「むかしむかし」
2026年9月3日(木) 開演:午後7時 アクロス福岡シンフォニーホール
[出演]
太田弦(指揮)
大田智美(アコーディオン)
林桜心(語り)
[演奏曲目]
武満徹/『系図』 ー若い人たちのための音楽詩ー
ブルックナー/交響曲 第6番

太田弦(C)勝村祐紀
―9月の定期演奏会は、とても新鮮で興味深いプログラムですね。ブルックナーは日本人作曲家と一緒に演奏しようとか、武満没後30年とか、コンセプトがおありなのですか?
太田:武満さんの没後は考えましたね。(選んだ2曲は)時間的にちょうどいいし、どちらも好きな曲なので。組み合わせでなにかしようとすると、自縄自縛になるような気がして、そのあたり僕は指揮者というより、作曲家っぽいかもしれません(笑)。実は僕の師匠の高関健先生も、ある時「先生、なんでこれを組み合わせたんですか?」って尋ねると、「うん、別に理由ないよ」って(笑)。
―指揮者的・作曲家的って、どういう違いが?
太田:作曲家としては、「何かと何かを組み合わせて」全体の一部みたいにするのではなく、ひとつの作品が大事。その感覚が僕にはあるかもしれない。凝ったコース料理みたいなものを自分で演奏したいとは思わないんですよ。
―『系図』は、お好きな作品ですか?
太田:そうですね。昔、N響アワーで実家で観た記憶があります。テレビで放送していたのを観て、面白いな、変わった曲だな、と思いました。
―武満さん没後に育っている太田さんらの世代からすると、武満さんのイメージは? 初期の前衛的な『アステリズム』とか『地平線のドーリア』などがあり、ある時期から『ノヴェンバー・ステップス』みたいなもの、それから札幌出身の太田さんなら札幌オリンピックで書かれた『冬(Winter)』とか……
太田:ええ、武満さんが前衛的な作風とかいろいろ書いて、最後の10年くらいに調性に帰ってきた。それぐらいの作品が好きなんです。『オリオン』とかもいいですし、仲がいい指揮者と『ジュモー』(オーボエ、トロンボーン、2つのオーケストラ、2人の指揮者のための」音楽作品)とかやっても楽しいかな、ってちょっと思います。
―「現代音楽」という言い方をされる作品がありますよね。
太田:僕たちの世代も言いますけどね(笑)。明らかにそういうものとは違います。普通に調性があるか否かという時点でもだいぶ違うと思いますし、特殊奏法もないわけではないですけど、「新しい音を求めに行く」というベクトルへの興味はあまりないですよね。必要だから使っている、という感じ。
そういう意味で、『系図』はいろいろな武満さんの総括みたいな気がするんです。武満さんが何かのリハーサルのときに、「ドミソって、やっぱり、いちばん綺麗だよね」みたいなことを言った、と師匠の尾高忠明先生が仰っていました。ああ、やっぱり武満さんはそこに帰ってきたんだな、という感じがするんですよね(笑)。
―この作品は、オペラなのでしょうか?
太田:最初に聞いた時に変な曲だなと思ったのは、それがわからなかったから。歌っているでもないし、演じているというわけでもない。ソリストとして立っているのかと思ったら、歌うわけではない。面白いですよね。そういう意味でも、結構、独自だなと。
―指揮の技術的な意味で、朗読の難しさはありますか。
太田:結構、難しいですよ。実は以前に日本センチュリー交響楽団で、岩城宏之先生が作った縮小版で指揮しているんです。そのとき、どういうふうに言葉を入れるか、いろいろな録音を聴いてみました。でも、楽譜の指示通りに喋りが入っているものはほとんどない。あんまりうまく行ってないですね。やっぱり演奏する人から見ても難しい曲じゃないですか。語りの方が音楽が分かったとしても、それ通りにいけるとは限らないですし。センチュリー響で演奏したときの方はすごく頭が良くて、「これがこう鳴ったらこうしようね」って打ち合わせしたら、すごく完璧。この譜面通りに喋っているのを初めて聴いたという感じで出来ました。(楽譜を引っ張り出す)
―楽譜が色ペンでカラフルに色付けされていますね。
太田:ぱっと見て、距離があるともう読めないので(笑)。結構、厳密ですよ。タイミングも、これぐらいあってから始める、というようなことが書いてあるのです。すごく縛られているわけじゃないにしろ、ある程度、こうなんだろうな、と。
―書いてあるものをきちんと再現している楽譜であって、ナレーターが即興的に好きに喋るのに合わせているわけではない。
太田:緻密です。オーケストラはすごくちゃんと仕事しているので、ナレーションに合わせることはできない。なので、語りをオーケストラに合わせてもらうしか出来ない。ナレーターは大変だと思いますが、スコアがちゃんと読めれば、そんな難しくできる。センチュリー響のときには1時間半くらいかかりました。
―今までに九響とは『スター・ウォーズ』組曲を演奏したり、仙台フィルハーモニー管弦楽団ではエンターテインメント定期では交響組曲『Zガンダム』の曲などを指揮したりなさいましたよね。もし「それって交響楽団がやるクラシック音楽なんですか?」って訊かれたらなんと答えますか?
太田:楽しく演奏しています。だって、オペラなんて、正に大衆のものですし、そのオペラを演奏するオーケストラが空いている時に演奏してきたのが交響曲なんですから。
―当時のオペラのようなものが今は交響組曲『Zガンダム』であり、『スター・ウォーズ』組曲である。
太田:大衆のエンタメって、明らかにオペラの延長線です。オペラのベースがあり、そのまま映像媒体になった。そうしたら、音楽も同じようなものが付いている。
―指揮者であり、作曲も勉強してきた太田マエストロからしてみれば、『スター・ウォーズ』組曲の楽譜であり、交響組曲『Zガンダム』の楽譜であり、武満の楽譜であり、場合によってはシュトックハウゼンの楽譜であっても、同じといえば同じなのでしょうか。
太田:同じ。演奏する側とすれば、特に何も違いません。例えばコルンゴルトのオペラの音楽が、ハリウッドのオーケストレーション的なものの元祖になっているのは間違いないですよね。
―今日は『スター・ウォーズ』だから気楽に演奏しましょうとかは全然ない。
太田:僕とすれば、若干、逆ですね(笑)。
―日本の20世紀から最近の作品でも、1月定期の伊福部さんなどは、ものすごく難解な現代音楽とは異なりますよね。
(※伊福部昭「ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲」を2027年1月に演奏予定)
太田:ああ、確かに、超モダンなものを演奏していないですね。シュトックハウゼンの楽譜なども、確か東京藝大の図書館にもあって見たこともありますけど、指揮したいかといわれると、そこまでではないかもしれません。演奏するなら日本人作曲家の作品をやりたいですね。発掘してという気持ちよりも、委嘱して書いてもらうとか、新作を指揮したいくらいです。
―9月3日(木)の『系図』での語りとの掛け合い、期待しています。
〈インタビュー第2弾「太田弦、ブルックナーを語る」はこちら!〉
https://www.kyukyo.or.jp/cms/kyukyo_news/spi2
第442回定期演奏会「むかしむかし」
2026年9月3日(木) 開演:午後7時
アクロス福岡シンフォニーホール
https://www.kyukyo.or.jp/cms/16236
[出演]
太田弦(指揮)
大田智美(アコーディオン)
林桜心(語り)
[演奏曲目]
武満徹/『系図』 ー若い人たちのための音楽詩ー
ブルックナー/交響曲 第6番
[九響オンラインチケット]
https://kyukyo-onlineticket.jp/performance-list.php?on=1
[太田弦 Gen Ohta]
1994年北海道札幌市出身。幼少の頃より、チェロ、ピアノを学ぶ。
東京藝術大学音楽学部指揮科を首席で卒業。学内にて安宅賞、同声会賞、若杉弘メモリアル基金賞を受賞。同大学院音楽研究科指揮専攻修士課程を修了。
2015年、第17回東京国際音楽コンクール〈指揮〉で2位ならびに聴衆賞を受賞。第30回渡邉曉雄音楽基金音楽賞受賞。2025年、第23回 齋藤秀雄メモリアル基金賞を歴代最年少で受賞。
指揮を尾高忠明、高関健の両氏、作曲を二橋潤一の各氏に師事。山田和樹、パーヴォ・ヤルヴィらのレッスンを受講する。これまでにNHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団、群馬交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団などを指揮、今後さらなる活躍が期待される若手指揮者筆頭。2019年4月から2022年3月まで大阪交響楽団正指揮者を務めた。2023年4月より仙台フィルハーモニー管弦楽団指揮者、2024年4月より九州交響楽団首席指揮者。2026年4月より福岡国際音楽大学客員教授に就任。
2026年7月には、24年7月に続いて九州交響楽団と2枚目のライヴ録音CD「マーラー:交響曲第9番ニ長調」をオクタヴィア・レコードより発売、好評を博している。